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札幌地方裁判所 昭和47年(行ウ)13号 判決

原告

福士文治

被告

室蘭税務署長

北村蔵治

右指定代理人

細川俊彦

外四名

主文

一、原告の請求中被告が、原告の昭和四三年度および昭和四四年度の所得税につき、昭和四五年一二月二六日付でなした延滞税を賦課する旨の決定の取消を求める部分はこれを却下する。

二、被告が、原告の昭和四三年度および昭和四四年度の所得税につき、昭和四五年一二月二六日付でなした各過少申告加算税を賦課する旨の決定を取消す。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

1  被告が原告の昭和四三年度および昭和四四年度の各所得税について、昭和四五年一二月二六日付でなした各更正ならびに過少申告加算税および延滞税を賦課する旨の各決定を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、昭和四三年度および昭和四四年度の各所得税の確定申告の法定申告期限内に被告に対し原告の所得金額および所得税額を別表(一)申告額欄記載のとおり各申告した。

2  被告は原告に対し、昭和四五年一二月二六日付で、(一)、昭和四三年度所得税につき、所得税額金四九万五、八〇〇円、過少申告加算税金二万五、二〇〇円、(二)、昭和四四年度所得税につき、所得税額金六二万〇、四〇〇円、過少申告加算税金三万一、五〇〇円との各更正および賦課決定をなし、更に各確定申告期限の翌日から納付する日まで日歩二銭(納期限である昭和四六年一月二六日の翌日から一月を経過した日以後は日歩四銭)の割合による延滞税を納付するよう通知した。

3  原告は昭和四六年一月八日被告の右処分につき異議申立をしたが、被告は同年四月七日これを棄却した。そこで原告はさらに同月二六日訴外国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は昭和四七年七月二一日これを棄却する旨の裁判をし、同裁判は同月二五日原告に送達された。

4  しかし原告の昭和四三年度および昭和四四年度の各所得金額および所得税額は当初申告した額を越えないから、被告のなした前記各更正および賦課決定はいずれも違法であり、取消されるべきである。

二、請求原因に対する認否および抗弁

1  認否

第一ないし三項の事実は認める。第四項の事実は争う。

2  抗弁

(一) 原告は昭和三二年一二月一日から昭和四五年六月一三日まで札幌地方裁判所室蘭支部執行官(吏)として稼働し、毎年その職務遂行により手数料および費用を得ているほか、恩給の支給を受けていたものである。

(二) 執行官がその職務上得る手数料および費用は、所得税法上の事業所得に該当するものである。

(1) 執行官は裁判所法第六二条および裁判官以外の裁判所職員の任免等に関する規則第四条ならびに国家公務員法第二条第三項第一三号により地方裁判所から任命される特別職の国家公務員に該当する。しかしながら執行官には裁判所職員法による定員の定めがなく、かつ国家機関としての職務を遂行していながら国から俸給等の支給を受けることがない。その代り執行官は執行官法第七条の規定によつて、申立人より手数料および費用の支払を受けることとされている。また執行官は地方裁判所長の監督に服することから執行官には国家公務員法、人事院規則が準用されるが、その範囲は分限、懲戒、服務に関する事項に限定されると解される。

従つて執行官は他の一般の国家公務員とは極めて異つた身分関係を有しているものである。

(2) さらに執行官の職務の執行は国家の機関としての行動をとるが、その職務行為は自己の判断と責任において行われる結果、手数料および費用の支払請求権が帰属するのは国ではなく、現実に当該職務執行行為にあたつた執行官とされている。

(3) 以上に述べたように、執行官は特別職の国家公務員であるものの、その労働の対価の受け方については俸給制度によらず、手数料制度を採用しており、又職務については執行官自身の責任と計算において独立し、かつ反覆継続して営まれているものと客観的に認められるものである。従つて執行官の所得は所得税法上の自由職業に類する事業所得に該当するものというべきである。

(三) 原告は昭和四三年度および昭和四四年度はいずれも訴外執行官川上茂および同永田敏雄とともに札幌地方裁判所室蘭支部に所属し、以上三名(以下、原告らという)で執行官としての職務を行つていたが、所得の配分については原告らの収入金額および必要経費金額を合算し、その合計収入金額から合計必要経費金額を控除した残額を三等分するという方法をとつていた。

(四) そこで被告が調査した結果によれば、原告の昭和四三年度および昭和四四年度の総所得金額は別表(二)の被告調査額欄記載のように認められるから、これを下回る別表(一)の更正欄記載のように認定して課税した被告の前記更正および過少申告加算税賦課決定は適法である。なお別表(二)記載の必要経費の詳細は別表(三)のとおりである。

三、被告の抗弁に対する原告の認否および再抗弁

1  認否

(一) 第一項の事実は認める。

(二) 第二項は争う。執行官がその職務上得る手数料および費用は給与所得である。

(三) 第三項の事実は否認する。

(四) 第四項の事実中原告の昭和四三年度および昭和四四年度の執行官収入および給与所得(恩給)ならびに旅費、交通費(別表(三))を除くその余の必要経費の額が被告主張するとおりであることは認める。

しかし被告は右執行官収入中に原告の受けた旅費、宿泊料を計上しているが、右は実費弁済金なのであつて、国家公務員の場合と同様、非課税所得とされるべきであるから、これを収入金額に計上すべきではない。

なお右の必要経費たる旅費、交通費は被告主張額よりも多額である(後記再抗弁参照)。

2  再抗弁

(一) 原告の支出した必要経費たる旅費(宿泊費を含む。以下同じ)、交通費は、昭和四三年度は金二八九万〇、七八二円、昭和四四年度は金三〇八万二、〇六四円である。すなわち被告が原告の必要経費と主張する別表(三)記載の旅費、交通費は執行官室に雇傭されていた職員について費消した金額に過ぎないのであつて、原告の必要経費たる旅費、交通費の金額は別表(二)の執行官収入中の旅費、宿泊費欄記載の金額に相当する前記金額に達するものである。

(二) 原告は従前毎年の所得税確定申告時に際し、帳簿、資料(執行官統計表。右資料には手数料、旅費、宿泊料が明記されている)を被告係員に提示したうえその指導を受け、これに従い確定申告をしていたものであるが、原告の受けた旅費、宿泊料は収入とする旨の指導はなかつたので、その旨の申告はしていなかつた。しかして原告は本件昭和四三年度および昭和四四年度の申告に際しても、同様の指導の下に原告の受けた旅費、宿泊料はこれを収入として申告しなかつたのである。

ところが昭和四五年七月被告室蘭税務署長が大熊道明から奥山一郎に交替するや、被告は従前の指導取扱を変更し、本件各更正をなすにいたつたものである。

従つて仮に原告の本件各申告が、原告の受けた旅費、宿泊費を収入としない点において誤りであつたとしても、原告は右各申告を被告からの指導に従つてなしたものであて、しかもこの点につき原告は善意、無過失であつたのであるから、被告が拾数年来の法解釈の誤りを発見したとしてなした本件更正には原告は応じる必要はない。

(三) 被告は国税通則法第二四条、第二五条、第二七条、第二八条に違反し、何ら原告につき調査をせず、資料の収集もなさず、原告に事前通告もせず、修正申告の機会も与えずして、単に原告の所得は札幌地方裁判所室蘭支部執行官室の所得の三分の一であるとの伝聞のみによつて本件更正をなしたものであるから、本件更正は無効である。

四、原告の再抗弁に対する被告の認否

1  第一項の事実は否認する。

2  第二項の事実中、原告が従前所得税確定申告に当り、その受けた旅費、宿泊料を収入として申告していなかつたこと、原告主張の時期に被告室蘭税務署長の交替があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  第三項は争う。

第三、立証〈略〉

理由

一請求原因第一ないし三項の事実は当事者間に争いがない。

二更正のあつた場合における所得税に附帯する延滞税は、更正の結果更正通知書に記載された更正により納付すべき税額(更正により納付すべき税額が新たにあることとなつた場合には当該納付すべき税額)があるときに、当然に納税義務が成立し(国税通則法第六〇条第一項)、同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものであるから(同法第一五条第三項第八号、第六〇条第二項)、税務署長が更正通知書の送達に併せてなした、延滞税を納付すべき旨の通知は延滞税の賦課決定でも納税の請求手続でもなく、単に延滞税の申告納付義務の存する旨の観念の通知に過ぎず、従つてこれを行政処分その他公権力の行使に当る行為ということはできないから、その取消を請求することはその利益がなく、許されないものと解すべきである。原告の本訴請求中、被告が原告の昭和四三年度および昭和四四年度の各所得税につき、昭和四五年一二月二六日付でなした更正通知書の送達に併せてなした、延滞税を納付すべき旨の通知を以て延滞税の賦課決定と捉えてその取消を求める部分は不適法であるといわなければならない。

三被告の抗弁について

1  被告の抗弁第一項の事実は当事者間に争いがない。

2  被告は、執行官がその職務上得る所得は、所得税法上の事業所得に該当する旨主張し、これに対し、原告は、右は給与所得である、と抗争するので、以下この点につき検討する。

所得税法第二七条第一項は、事業所得とは、「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令に定めるものから生ずる所得」をいうと規定し、さらにこれを受けた同法施行令第六三条は、「法第二七条第一項(事業所得)に規定する政令で定める事業は、次に掲げる事業(不動産の貸付業又は船舶若しくは航空機の貸付業に該当するものを除く)とする。」として、「一、農業、二、林業および狩猟業、三、漁業および水産養殖業、四、鉱業(土石採取業を含む)、五、建設業、六、製造業、七、卸売業および小売業(飲食店業および料理店業を含む)、八、金融業および保険業、九、不動産業、十、運輸通信業(倉庫業を含む)、十一、医療保健業、著述業その他のサービス業、十二、前各号に掲げるもののほか対価を得て継続的に行なう事業」と規定する。右十一号所定の「その他のサービス業」とは例示されている医療保健業および著述業からして、対価を得て物又は人の役務を提供することを業とする弁護士、公証人などの自由職業をも含むと解するのが相当である。

執行官は、裁判の執行、裁判所の発する文書の送達その他の事務を行う(裁判所第六二条第三項、執行官法第一条)ため、各地方裁判所におかれることとされており(裁判所法第六二条第一項)、各地方裁判所が任命するものであり(裁判官以外の裁判所職員の任免等に関する規則第四条)、その身分は特別職の国家公務員とされている(国家公務員法第二条第三項第一三号)。ところが執行官は、他の国家公務員のように国から毎月一定額の俸給を受けるのではなく、その職務を行うについては申立人から手数料を受けおよび職務の執行に要する費用の支払又は償還を受けるものとされ(裁判所法第六二条第四項)、右手数料および費用の外、報酬を受けることはない。しかも右手数料および費用の支払請求権が帰属するのは国ではなく、現実に職務執行にあたつた執行官とされている(執行官法第七条)。従つて執行官の受ける手数料はその職務執行の対価と考えられる。加えて執行官の職務の執行は国の機関として反覆継続してなされるが、その職務行為は執行官自身の判断と責任において行なわれるのである。以上の事実を併せ考えれば、執行官は特別職の国家公務員ではあるが、俸給制度によらず手数料制度によつており、その職務の執行は反覆継続性を有しかつ自身の計算において独立的に経営されているものということができるから、対価を得て人の役務を提供することを目的とする事業であつて所得税法上弁護士公証人等の自由職業に類似し、前記施行令第六三条第一一号に該当するものと解するのが相当である。しからば執行官がその職務上得る所得は、所得税法上、給与所得ではなく、事業所得に該当するものといわなければならない。してみると執行官の事業所得金額はその年度中の事業所得にかかる総収入金額から必要経費を控除した金額ということになる。

3  被告の抗弁第三項の事実は、原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

4  原告の昭和四三年度および昭和四四年度の執行官収入および給与所得(恩給)ならびに旅費、交通費を除くその余の必要経費額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、又右の旅費、交通費についてもその金額が少くとも被告主張額を下回るものでないことは当事者間に争いがない。

なお原告は、「被告が原告の収入中に計上した旅費、宿泊料は実費弁済金であつて、国家公務員の場合と同様、非課税所得とすべきものである。」と主張する。そして、執行官の受ける旅費、宿泊料は一般の国家公務員が出張して職務を行なう場合に受けるのと同趣旨のものではあるが、前記のとおり執行官は所得税法上給与所得を有する者ではないのであるから、その受ける旅費、宿泊料は、所得税法上一般の国家公務員が国家公務員等の旅費に関する法律により支給される旅費、宿泊料とは性格を異にするものであつて、所得税法第九条にいう非課税所得に当るものと解することはできず、執行官が申立人より受ける旅費、宿泊料は事業遂行上の対価であり、従つて所得税法第三六条第一項の「収入金額とすべき金額」に該当すると解するのが相当であり、(尤も、現実に支出された旅費、宿泊料は同法第三七条第一項に定める「所得を生ずべき業務について生じた費用」として必要経費に該当することはいうまでもない)、被告が、原告の受けた旅費、宿泊料を収入に計上したことは適法といわなければならない。

なお執行官が兼務庁勤務を命ぜられた場合の本務庁から業務庁までの旅費、宿泊費については裁判所から国家公務員等の旅費に関する法律に従い支給されるのであるが、これは実質的には給与所得を有する一般国家公務員が職務遂行のため旅行するに当つて通常必要な金額として支払われるものと全く異るところがないから、非課税所得と解すべきであるが、成立に争いのない乙第三号証の二および弁論の全趣旨によれば、被告主張の本件収支には、原告が札幌地方裁判所から受けた本務庁たる同地方裁判所室蘭支部から兼務庁たる同地方裁判所浦河支部までの旅費、宿泊費は含まれていないものであることが認められる。

四原告の再抗弁について

1  原告は、原告の支出した必要経費たる旅費、交通費は、昭和四三年度は金二八九万〇、七八二円、昭和四四年度は金三〇八万二、〇六四円に上る旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副う部分も存するが、右原告本人尋問の結果は後記認定事実と対比してたやすく措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠は存しない。

しかし〈証拠〉によれば、前記原告ら札幌地方裁判所室蘭支部執行官室所属執行官三名は、札幌地方裁判所に対し昭和四三年一月ないし一二月分の三名合計の収支明細を提出したが、これには同年一月ないし六月分の支出した旅費、宿泊費を含む(その他の支出」は計金五八万一、一四九円、同年七月から一二月分の支出した旅費、宿泊費(計金三一万六、七一四円)を含む「その他の支出」は計金一〇八万〇、七五四円であつた旨記載されていたことが認められ、又〈証拠〉によれば、右原告ら三名は昭和四三年一月から六月分までの収支明細簿を記帳していたが、ここにおいては右期間中の支出した旅費、宿泊費は計金九万八、〇九〇円であつた旨記載したことが認められる。そうしてみると右原告ら三名の昭和四三年中において支出した旅費、宿泊費は計金四一万四、八〇四円(316,714円+98,090円=414,804円)であり、原告の分はその三分の一に当る金一三万八、二六八円であつたことが明らかである。

又〈証拠〉によれば、右原告ら三名は札幌地方裁判所に対し昭和四四年一月ないし一二月分の収支明細を提出したが、これには右期間中の支出した旅費、宿泊費は計金五一万二、九七二円であつた旨記載されていたことが認められるから、右記載のとおり支出したものと認めることができ、原告の分はその三分の一に当る金一七万〇、九九一円であつたことが明らかである。

尤も、以上認定の原告の支出した旅費、宿泊料は、その受入額に比し少額であると考えられるが、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一二号証によれば、原告ら三名は事件の執行を効率的に処理するため、同じ地域に存する数個の事件をなるべく纒めて執行していたこと、原告ら三名が右出張をする場合には右執行官室所有の自家用自動車を使用していたため、一般交通機関を利用することが少なかつたことが認められ、従つて右車両関係費が本件において必要経費として別に計上されていることも当事者間に争いがないところであり、以上の事実に照らせば、前記疑点も首肯できるものといわなければならない。

なお〈証拠〉によれば、原告ら三名はその出張時に前記収支明細表に記載した以外に若干の飲食代金、女中に対する心付け、電話料、ハイヤー代等を支出したことが認められるが、しかしこれらは未だ事業所得を生ずべき業務の遂行上必要でありかつ必要部分を明らかに区分することができないので、必要経費ということはできない。

そうしてみると原告の昭和四三年度における執行官収入は金四九三万〇、四七四円、必要経費は金一九九万五、七八六円、差引事業所得は金二九三万四、六八八円、給与所得(恩給)は、金三万二、五五九円、総所得は金二九六万七、二四七円であり、又昭和四四年度における執行官収入は金六〇六万六、三六八円、必要経費は金二六九万七、二八五円、差引事業所得は金三三六万九、〇八三円、給与所得(恩給)は金三万五、八〇九円、総所得は金三四〇万四、八九二円であつたものというべく、しからば本件更正は未々原告の昭和四三年度および昭和四四年度の総所得額をこえないものであることが明らかである。

2  次に原告は、仮に原告の本件各申告が誤りであつたとしても、右各申告は被告からの指導によりなしたものであり、かつこの点について原告は善意、無過失であつたのであるから、本件更正および過少申告加算税賦課決定は不適法である旨主張するので、以下この点につき検討する。

租税法は極めて多数の納税者を対象として公平かつ普遍的に課税することを企図するものであり、ことに画一的にこれを適用執行すること要するものであるから、一方当事者の意思によつては勿論、両当事者の合意によつても租税法の適用を左右することは許されず、租税は常に租税法の定めるところに従い、一律に、客観的かつ公正に課されなければならないのである。尤も信義誠実の原則はあらゆる分野における法に内在する法原則と考えられるのであつて、これを租税法に限つて、排除すべきものとする根拠はない。そうしてみれば租税法の分野においても行政庁の表示を信頼して行為することが一般的見地から無理からぬことと考えられる事情があること、その表示によつて相手方が利害関係を変更したこと、その信頼を裏切られることによつて相手方が不測の損害を蒙る場合には、信義則上右信頼利益は保護されなければならないから、右表示と異る事実を主張することは許されなくなるものというべきである。

原告が昭和三二年度以降毎年所得税確定申告の際にはその受ける旅費、宿泊料を収入として申告していなかつたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は右毎申告に際しては、被告税務署からの通知をまつている指定の日時に指定の係員の許に赴き、同人に対し右旅費、宿泊料の記載のある執行官統計表、帳簿、控除証明書などを提示したうえ、その助言のもとに申告書を作成提出していたことが認められ、〈証拠〉によつては右認定を覆えすに足りず、他に右認定を妨げる証拠はない。右事実によれば、原告は昭和四三年度および昭和四四年度の所得税確定申告に当りその受けた旅費、宿泊料額を提示したうえ、被告係員からの助言のままに、右旅費、宿泊料を収入として計上しないで申告したものであることが明らかである。

しかしながら被告の右措置は被告の事務上の便宜ならびに納税者たる原告に対する便宜供与のための事実上の行為であると解されるものの、それ以上被告がすすんで、執行官の受ける手数料、宿泊料が収入に計上すべきではない旨主張、指導したため、原告がこれに沿う如く申告を改めるにいたつたことおよび原告が本件更正処分の結果不測の損害を蒙ることについては未だこれを認めるに足りる証拠はなく、又本件更正は従来の誤つた申告を是正したものであつてそれ自体適法なものであり、格別税法上不利益な結果を招来するものとはいえないものであること、若し仮に本件各更正処分が取消されるとした場合には、原告は課税を免れることとなる反面、法に従い正しい納税をしている一般国民との関係で原告だけを特に優遇した結果となつて不均衡を生じることを併せ考慮すれば、本件更正を信義則違反ないし課税権の濫用にわたるものとして無効であると断ずることはできないものというべきである。ただ原告は前記の如く本件各申告に当りその受けた旅費、宿泊料を収入として申告しなかつたこと、従つてこれを本件更正前の税額の計算の基礎とされていなかつたことについては、原告は故意にこれを隠したものではなく、却つて前示のごとく被告にその資料を提示したうえその助言のままにこれを収入として申告しなかつたものであることに鑑みると、国税通則法六五条二項所定の正当な理由があるものというのが相当であり、してみると本件過少申告加算税の賦課はすべて不適法といわなければならない。

3  次に原告は、「被告は何らの調査をせず、資料の収集もなさず、原告に事前の通告もせず、修正申告の機会も与えず、単に伝聞のみによつて本件更正をなしたものであるから、本件更正は無効である。」旨主張するが、原告ら札幌地方裁判所室蘭支部執行官室の執行官三名は、その収入金額および必要経費額を合算し、その合計収入金額から合計必要経費を控除した残額を三等分して所得配分をしていたことは前示のとおりであり、証人五十嵐利忠の証言によれば、被告における調査官であつた訴外五十嵐利忠は訴外斉藤調査官と共に昭和四五年八月頃から本件の調査に着手し、札幌地方裁判所室蘭支部執行官室に赴いたうえ、訴外川上執行官から執行官事務月報等資料の提示を求め、これらにより同執行官室の各執行官の所得を算出し、そのうえで原告ら各執行官に対し、修正申告を促したが、他の二名の執行官はこれに応じたものの、原告のみがこれに応じなかつたため本件更正がなされるにいたつたものであることが認められ、右認定に反する証人川上茂の証言はこれを措信し難いから、原告の右主張を採用することはできない。

七結論

以上の次第であるから原告の本訴請求のうち延滞税についての部分はこれを却下し、過少申告加算税賦課決定の取消を求める点は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから失当として棄却することとし、よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民訴法第八九条、第九二条、を各適用し、主文のとおり判決する。

(磯部喬 太田豊 末永進)

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